本願寺中興の祖

同宗旨では、「蓮如上人」と尊称される。

明治15年に、明治天皇より「慧燈大師」の諡号を追贈されている。

しばしば本願寺蓮如と呼ばれる。

親鸞の直系とはいえ蓮如が生まれた時の本願寺は、他宗や浄土真宗他派、特に佛光寺派の興隆に対し、衰退の極みにあった。

その本願寺を中興し、現在の本願寺教団(本願寺派・大谷派)の礎を築いた。

年齢は、数え年。日付は、『御文』などの文献との整合を保つ為、旧暦表示とした。

応永22年2月25日にて、本願寺第七世・存如の長子として生まれる。

母は存如の母に給仕した女性と伝えられているが、詳細は不明。

幼名は、「布袋丸」。応永27年、蓮如が6歳。存如が本妻を迎えるにあたって、生母は本願寺を退出しその後行方知れず。
update:2010年03月06日